景色の良い山道を走る一台の車。中には親娘が乗っている。
恵美 | 「わあーキレイ」 |
父親 | 「いいだろう 恵美の気分転換になればいい」 |
恵美 | 「娘の健康のために別荘を買ってくださるお父さんなんて 世界中でパパ一人しかいない!」 |
父親 | 「そんなことはないが 娘を思う気持ちは誰にも負けないぞ」 |
恵美 | 「ありがとう!パパ」 |
父親 | 「ママと甲太が事故で亡くなった もうパパには恵美一人しか家族がいない よく助かってくれた 恵美が早く事故のショックから立ち直ってくれることを祈ってる」 |
甲太って、甲羅から来てるならカパエルのことだったり?
父親「ここなら恵美の好きなスキー場もすぐ近く」
恵美「パパ 急にモヤが出てきたわ 気をつけて」
直後、ふわっと白い人影が浮き出た。
「危ない!」
急ブレーキを踏む。
父親「!?」
道の中央に白い着物の女性が立っており、思わず車を降りる親娘。
父親「危ないじゃないか!?キミ!」
恵美「大丈夫ですか? 急に車道に…どうしたんです !?」
その女性の端正な美しさに見とれる恵美。
恵美 | 「キ キレイ」 |
雪鬼姫 | 「そのドアは……」 |
恵美 | 「エッ?」 |
雪鬼姫 | 「開けてはいけない!」 |
別荘に到着。洋風の立派な屋敷だ。
父親 | 「ここだよ」 |
恵美 | 「え スゴーイ こんなにスゴイ所を」 |
父親 | 「立派だろ 年代物の建物だ 少々高かったが… こういう古い館は落ち着くものだ ここで暮らせばすぐに元気になるさ」 |
恵美 | 「ありがとうパパ さっきの女の人といい 今日は驚くことばかり……」 |
父親 | 「あははは あれは私も驚いたよ いきなり霧の中から白い影が出た時 幽霊かと思ったよ」 |
恵美 | 「キレイな人だったけど白い着物に白い髪 カツラかもしれないけど雪女かと思ってビックリしたわ」 |
玄関のドアを開けるとお手伝いの中年女性がにこやかに出迎えてくれた。
塩田「旦那様 お迎えもせず」
父親「恵美 お手伝いさんの塩田さんだ 地元の方で毎日来てくださる」
塩田「まあ キレイなお嬢様」
恵美「恵美です コンニチハ」
広い屋敷に恵美は上機嫌。
恵美 | 「格調高くて貴族の館みたい」 |
父親 | 「ハハハ──だろ さて ここが恵美の部屋」 |
恵美 | 「ワアー天蓋つきのベッド!こういうのあこがれだったの アラッ?反対側にもドアが……続き部屋があるの?」 |
ドアノブを回す。
恵美「エッ?開かないわ!」
父親「アハハハ 横の窓から見てごらん」
恵美「アラ〜ッ?何もないお庭? このドアはただの飾りなの?」
父親「ハハハハ どうもそうらしい……」
その夜──夜中に目を覚ました恵美。
「ン… えっ!? !?」
飾りのはずのドアの隙間から光が。
「ウ…ウソ!?壁の飾りのドアから灯りがもれている!? ドアの向こうは何もないはず!?」
思い出したのはあの白い着物の女性の言葉。
雪鬼姫「そのドアは開けてはいけない」
翌朝。
塩田「エッ!?夜中にドアから灯りが… あのドアはただの飾りでございましょう」
恵美「そうなんだけど 朝 調べたけど壁に貼りついてるだけ だから不思議なの」
塩田「オホホホ 寝ぼけたか夢でも見たんでしょ……」
恵美「塩田さん この屋敷についてのくわしい話知りません? 昔どんな方が?」
塩田「さあー昔からあるお屋敷で持ち主は何度か替わってますし…」
恵美「土地の歴史にくわしい人いませんか?」
塩田「そうねえ 昔 役所につとめてた高野さんならあるいは…」
恵美「じゃあその方を紹介してください」
塩田「いいわよ 偏屈なジイさんよ 悪い人ではないわ!」
高野氏宅。
高野 | 「………… フム 松黒屋敷を別荘に…… あまり良い買い物ではなかったかの」 |
恵美 | 「何か…まずいことが」 |
高野 | 「まずいことはないが……あの屋敷は昔 事件のあった屋敷なんだな」 |
恵美 | 「事件」 |
高野 | 「昔は倍以上の大きな屋敷じゃった 明治の頃に貴族だった松黒男爵の別荘として建てられたのだが…… ──ある日火事となって半分が焼け落ちた 残った半分を直して別の人に売ったが……次々と持ち主が替わる…… 縁起が悪いのかもな…… 火事の時 何人か亡くなっとるからの」 |
恵美 | 「火事の原因は?」 |
高野 | 「さーな…わからんが仲の良い夫婦ではなかった」 |
恵美 | 「その男爵の方がですか……」 |
高野 | 「貴族同士の結婚で…奥方の方が格が上の伯爵の出じゃから…… 伯爵出の奥方は気が強く ご主人を見下すところがあった 今の平等の時代には考えられんことじゃが 身分に差のある時代だったから…… とにかくケンカの絶えない夫婦だったようだ 火事が起こったのも ケンカでランプか燭台でも倒したんじゃないかと 噂が出たもんじゃ」 |
恵美 | 「私の寝室に開かないドアがあるんですが……」 |
高野 | 「そのドアはたぶん 昔 本当に使われていたドアじゃろう 消失した館の方へつながるドアだったんじゃろ…… ナニ 夜中にドアから灯りが…… ハハハハそれはない 気の迷いじゃ」 |
そう言われ帰るものの、完全な事故物件の話を聞かされては落ち着かない。
「やっぱり夢でも見たのかなー (でもヤダな 死者が出たなんて……) ステキな館が怖く感じる… パパ東京に帰ったし……」
不安を感じながら森を歩く恵美を、背後の木の陰から見つめる雪鬼姫。
恵美は友人のマキを別荘に招く。
マキ | 「わあーステキじゃない! 恵美が怖そうに電話くれるから どんなお化け屋敷に住んでるのかと思ったわー」 |
恵美 | 「ありがとうマキ すぐ来てくれて」 |
夜食を取る二人。
マキ「ゴチソーさまーおいしかった いいわね恵美 おいしい物食べられて」
恵美「ホント塩田さんお料理上手なの」
塩田「オホホ イナカ料理ですよ」
マキ「恵美 ドアの話面白すぎ 私 一緒に寝てあげる」
恵美「いいの?」
マキ「怖がりの恵美をほっとけない 空手二段のマキにまかせなー」
恵美「たのもしい! 一緒のベッドに寝るのは高校の修学旅行以来だね!」
マキ、良い友人だわ。恵美は怖がり。えん魔くんとは全く違うキャラ。
そして夜、またその時がやって来た。
恵美「マキ マキ起きて」
マキ「ンー?なに」
恵美「ドアが…」
マキ「エッ!? ウソ!?」
飾りドアの隙間から灯りが漏れている。
マキ「恵美 待ってて調べてみる」
恵美「マキ」
マキ「声がする ドアの向こうから 何もないはずなのに…」
ドアノブを回してみるマキ。
マキ「ドアノブ動く!」
恵美「待って! そのドアは開けてはいけないって……? 白い女の人に言われた!」
マキ「あまりにミステリアスだけど このドア開けなければ…いつまでも謎は解けない」
恵美「マ マキ 気をつけて」
ノブを回すとドアが開く。
マキ「開いた!ドアの向こうに部屋があるわ 部屋じゃない廊下だ!」
恵美「そんなはずないわ そのドアの先は庭のはずよ どうして」
マキ「不思議だが あるんだからしょうがない 恵美も見てみな」
恵美「本当に廊下だわ」
マキ「声は向こうから」
声のする方へ行くと、見知らぬ夫婦の怒声が飛び交う部屋が広がっていた。
男爵 | 「シラを切るなー お おまえが浮気をしたのはわかっているんだ!」 |
奥方 | 「アハハハハハ やはり三流貴族はしょーがない!下種(ゲス)の勘ぐりってやつだわ」 |
男爵 | 「ダマレ!伯爵の出を鼻にかけたクサレ女郎が! たしかな話を聞いたんだ 今度ばかりは許さんぞ!」 |
執事 | 「マアーマア旦那様」 |
奥方 | 「オホホホ エラそうに! 男爵ごときが何なのさ!」 |
その様子を隠れて見ていた恵美とマキ。
マキ「伯爵!?男爵!?」
恵美「明治の頃に… この屋敷の明治時代につながったっていうの!」
マキ「しかもおそらく火事のあった事件の日!」
男爵「伯爵も男爵も関係ない!元々は明治維新で功を挙げた勤皇の志士だ!」
刀を手に取る男爵。
男爵 | 「戦の前線で働いて得た男爵だ! 刀も抜かず家柄で伯爵となったおまえの親父とは武士の意地が違うぞ!」 |
奥方 | 「オッホッホッホ ハン!下級武士がほざくんじゃない!」 |
執事 | 「いけません奥様! 奥様 旦那様にあやまってください」 |
奥方 | 「私も武士の娘!刀で脅そうとしてもそうはいかないよ!!」 |
男爵 | 「脅しですむと思うな──!?」 |
鞘を抜き、生身の刀を振りかぶる男爵。
執事「奥様 お逃げください イケマセン旦那様」
奥方(な…)
男爵「さがれ下郎!」
何と、男爵は怒りのまま執事を斬り殺してしまう!
執事「ギャア〜」
奥方「ヒッ!」
マキ「!ウソ!殺したわ! 逃げよう ここにいたら巻き込まれる!」
男爵「誰だ!」
過去の人間にも恵美達の姿は見えるようだ。
男爵「よそ者か!? 見たなーっ!!」
侍女「奥様!今のうちにお逃げくださいまし!」
男爵「逃がすものか!! ジャマだ!」
今度は侍女も斬り殺す。
男爵「死ね!売女(ばいた)!」
奥方「許して 浮気なんかしてない 本当に!」
命乞いをするも、男爵は妻を容赦無く斬り殺してしまう。
男爵「奸婦(かんぷ)めー 真の武士をたばかればこうなる!! 色情地獄で後悔するがいい!!」
マキ「早く 恵美!」
男爵「誰も この屋敷より出さんぞ!!」
二人は走り出したが、戻った部屋は違う場所。
マキ「エッ!?」
恵美「私の部屋じゃない!大広間だわ 間違えた?廊下に戻らないと!」
マキ「ダメ戻れない アイツが来る!」
返り血を浴び、口に笑みさえ浮かべて男爵が近付く。
マキ「恵美 下がって! 空手で戦う」
男爵「面白い!何か武道の心得あるのか?」
その時、突然部屋の中に風雪が吹き荒れれる。
男爵「なんだ!?この冷たい風は? 雪!」
吹雪の中現れた、あの白い着物の女性。
いやその前にここ家の中。
男爵 | 「凍える!? か…体が動かん! 妖怪か!? 雪女!?」 |
雪鬼姫 | 「人間よ! 私を呼んだ人間よ!」 |
男爵 | 「呼んだ… ワ ワシが呼んだ?」 |
雪鬼姫 | 「私の冷気を呼んだのは おまえの心! 妻をも愛せぬ冷たい心 この冷気はおまえの心だ」 |
男爵 | 「ワシが妻を殺したのは浮気女だからだ!」 |
雪鬼姫 | 「違う! 妻はおまえの愛が欲しかった 出世の道具として妻をめとった おまえの偽りの愛を知りながら おまえの本当の愛が欲しくって おまえを振り向かせたいばかりに浮気のふりを!」 |
男爵 | 「ウソだ!」 |
雪鬼姫 | 「ウソではない おまえが私の冷気を感じているのが証拠 この冷気はおまえの心だ! 愛のわからぬおまえの心!」 |
雪鬼姫は恵美とマキ二人に逃げるよう促す。
雪鬼姫 | 「あなたたちは戻りなさい 元のドアへ! あなたたちは冷気を感じていないはず」 |
マキ | 「戻ろう恵美!私たちの時代へ! 私たちの寝室へ!」 |
寒さに凍える男爵は刀を落とす。
「(さ…寒い!)火!火を! 屋敷中をあたためなければ…… もっと火!あたためなければ 凍える」
燭台のろうそくを持ち、炎に包まれる男爵。
雪鬼姫がドアを閉める。そこは元の恵美の部屋。逃げ果せた二人が気を切らしている。
恵美 | 「ハア ハア」 |
雪鬼姫 | 「開けてはいけないって忠告したはずなのに このドアは時折 焼け死んだ男の怨念でアイツの地獄とつながる ドアを壊し壁土を盛って完全にふさぎな!」 |
恵美 | 「あ あなたは誰…? 人なの?そ…それとも」 |
雪鬼姫 | 「私の名は雪鬼姫(ゆきひめ) 心霊世界より人を護るために遣わされた守護天使」 |
恵美 | 「天使!?」 |
雪鬼姫 | 「──でも なぜか…人は誰も私を天使と思ってくれない…… 私に会った人はみなこう呼ぶ 妖怪雪女と!」 |
恵美 | (その人はつむじ風と共に消えた! 床に粉雪をまき散らして) |
──翌朝 マキは憶えていなかった…… ──ただ雪女の夢を見たと言った
──でも 私ははっきりと憶えている 夢などではない 真実の体験として
ただ 私たちを救ってくれた あの美しい雪の精のような妖怪
雪鬼姫の顔はしだいに 幻のように定かではなくなっていった……
──そして別荘は言われたとおりドアをふさぎ その後いっさいの怪異はなくなった……
私は今も時々思うのだ あの美しい人に救われるのなら また怪異に出会っても良いと……
──会いたい また会いたい 妖怪雪女 雪鬼姫と!
霊界ドアー/完 |